2018年08月22日

ZERO のこともあるんだ

午前6時30分のおはらい町。
いくら早くても誰かしらが歩いているのですが、本日はZEROでした。
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名称未設定.jpegこんなこともあるんだ。
posted by M.OKUNO at 10:28| Comment(0) | 医者屋

2018年08月21日

医者屋の四方山話:信頼することされること

昔々書いたものを四方山話として載せてみます。
暇つぶしにお読み下さい。
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【信頼すること、されること】
 卒業してわずか数ヶ月、私は心筋梗塞の患者さんの主治医となった。そして、その患者さんは私が勤務していた病棟の婦長さんの夫であった。
 婦長さんはショートカットで目元の涼しい人であったが、数いる婦長さん達の中でも四天王と呼ばれていたほどの人で、若い医者にはもちろんのことベテランの先生方にもどんどん意見するとても厳しい人であった。そして、事もあろうに若僧の私に主治医という重大なおはちが回ってきたのである。まだまだ、薬の名前も満足に知らない新米の医者にである。
 毎日が極度に緊張の連続であった。一粒の鎮静剤を投与するにも2時間も薬の本と首っ引きで考え込んだり、一日中心電図のモニターをにらみながら病状の変化に一喜一憂、はらはらどきどきする毎日で、一日の睡眠時間が2〜3時間という日が続いた。そんな私を婦長さんはじっと見ていてくれた。 
 ある日、肘静脈にカテーテルを入れようとしたとき、操作を誤ってカテーテルの先端を切って血管の中に残してしまった。とんでもない失敗である。先輩の先生が来てくれるまでの間、顔から背中からどんどん汗が吹き出してきた。しかし、婦長さんは私に対して一言も何もいわなかった。きっと言いたいことがたくさんあったに違いない。しかし何も言わなかった。全てのことはあなたに委せているのだという無言の言葉が私の背中につき刺さった。非番で休日にも関わらず駆けつけてくれた先輩の先生と共に処置し、事なきを得たのはそれから数時間後のことであった。夫の身を呈して私に信頼ということを教え、一人前の医師になれと言葉を使わずに私に伝えてくれた婦長さんの姿を忘れることはできない。
 学生や若い医師を教える立場にある今、教えるということはただ単に物事を言葉で伝えるだけでなく相手を信頼してまかせるのが大切だということは、わかっていても如何に大変で苦しいことであるかを思い知らされている毎日である。
名称未設定.jpeg自治医大教員時代に書きました。
posted by M.OKUNO at 14:25| Comment(0) | 医者屋

2018年08月19日

真珠漬紀行:紀勢本線柏崎駅近く

紀勢本線柏崎駅少し手前左側の真珠漬です。
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フトンが干してあるのを撮ってしまいました、ごめんなさい。
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この看板は説明がついているのが特徴です。
真珠漬の製品そのものの全体像と、真珠漬がどんなものであるかの説明と、名産であることを呼びかけているのです。
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posted by M.OKUNO at 17:03| Comment(0) | 医者屋