2018年08月29日

医者屋の四方山話:素潜り

素潜り
  夏がくると、島の人々の気持ちにパッと花が咲く。灰色のどんよりした梅雨空に変わって、空は青く、それにも増して海がどこまでも青くなる。堤防に砕け散る波の破片は、風に飛ばされ太陽の光をとらえて銀白色に輝く。海を走る漁船の船体がいっそう白さを増す。景色も気分も、何もかもがキラキラしてくる。
 もっとも、夏が近付くと魚がたくさん採れるようになり、さらに、あわびやさざえといった漁が解禁になるために、収入がどんと増えるということも、気持ちに花が咲く原因にはなっている。
 私も夏になるとそわそわし始める。診療所の窓から見える堤防越しに波の高さが気になり、外へ出ては風を感じ、雲を見る。
 私の唯一の趣味は海に潜ることである。今はやりのスキューバダイビングではない、道具を使わずに潜るいわゆる素潜りで,2メートル以上あるもりを持っていって魚を突く。魚を採るという点では釣りも好きではあるが、これは恐い。私の性格上釣ることよりまず、竿やリールといった道具に凝ってしまい、お金がかかりすぎる。また、海辺で釣り糸を垂れているとつい時間を忘れてしまう。これは診療に影響を及ぼすこともさることながら、自称ニューファミリーである我が家族とともに過ごす時間がなくなってしまう。わが配偶者の視線が恐い。その点素潜りは良い。道具はもり一本だけ。お金はかからない。いつまでも潜っていたいが、体がもたないのでせいぜい1時間が限界である。時間も良し。家族機能は十分保たれる。
 海の中はとても素晴らしい。海面から海の底を見おろすと、空から地上を見ているようである。ずっと連なる岩は山々であり、海草の群れは森か林である。そしてその間に見える海の底は地上ということになる。潜り始めると、聞こえていた音は消え、海面を振り仰ぐと、見えていた海上の景色はなくなり、光が乱反射して、海面が光の天井になる。そして、天井のある空から地上に向かってゆっくりと降りて行く。スピードの遅いスーパーマンになった気分になる。そして、地上である海底に着くと、目指す魚を捜す。ここで私はスーパーマンからハンターに変わる。魚の居場所を求めて岩と岩の間をさまよい、洞窟に顔を突っ込み、魚との遭遇を待つ。先に魚がこちらを見つければ勝負は負け、逃げられてしまう。悟られずに魚を見つけ、次の行動を読みながらじっと待つ。魚は、種類によっても、年齢によってもすべて性格も行動も違う。石鯛は恐いものなし。子供の石鯛でももりに向かってくる。もりの先で頭をつついてやっても逃げない。しかし、年取った石鯛は経験豊かでそうはゆかない。真鯛は王者。たとえ見つけたとしても決しト捕れない。もりの射程距離以内には絶対に近付かないからである。同じ鯛でも、黒鯛は少しぼんやりしていて捕まえやすい。ボラはもっとぼんやりしている。そんなことを考えて海底をさまよっていると、息が切れてくる。今度は、ハンターから赤ランプのともったウルトラマンの気持ちになる。海底で欲張っていると、自分のすみかである空(海)の上に戻れなくなる。自分の吐き出す空気の泡と共に、海面に向かう。光の天井を突き破ると、やっと人間に戻る。
 天気と潮と風を気にしながら、音のない世界で、重力と浮力とわずかな自分の力で動きながら、狩漁という原始的で人間臭い行動をする素潜りに、私はすっかり魅せられ、今日も練習と称して大学のプールの底をはいずりまわっている。
名称未設定.jpeg書いたのは25年くらい前?
posted by M.OKUNO at 10:16| Comment(0) | 医者屋

2018年08月26日

真珠漬紀行:近鉄志摩線 五知(ごち)と沓掛(くつかけ)の間

緑を背景に真珠漬がはえます。
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取って付けたような「おみやげは」ですが、なぜか味があります。
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横側にも真珠漬けがありました。
この「お土産は」も取って付けたようで、「お」と「は」と「土産」のフォントが異なっていたり間隔がいい加減だったりして、これまた味があります。
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こちら側から見ても、自然と背景に溶け込んでいていい感じです。
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posted by M.OKUNO at 16:51| Comment(0) | 医者屋

2018年08月23日

富田林

なにかとお騒がせな富田林ですが、近鉄富田林駅のトイレで見つけました。
非常時の呼び出しボタンが、倒れていても押せるようにしてありました。
私にとっては初めての発見で、なぜかうれしくなりました。
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posted by M.OKUNO at 15:13| Comment(0) | 医者屋

2018年08月22日

ZERO のこともあるんだ

午前6時30分のおはらい町。
いくら早くても誰かしらが歩いているのですが、本日はZEROでした。
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名称未設定.jpegこんなこともあるんだ。
posted by M.OKUNO at 10:28| Comment(0) | 医者屋

2018年08月21日

医者屋の四方山話:信頼することされること

昔々書いたものを四方山話として載せてみます。
暇つぶしにお読み下さい。
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【信頼すること、されること】
 卒業してわずか数ヶ月、私は心筋梗塞の患者さんの主治医となった。そして、その患者さんは私が勤務していた病棟の婦長さんの夫であった。
 婦長さんはショートカットで目元の涼しい人であったが、数いる婦長さん達の中でも四天王と呼ばれていたほどの人で、若い医者にはもちろんのことベテランの先生方にもどんどん意見するとても厳しい人であった。そして、事もあろうに若僧の私に主治医という重大なおはちが回ってきたのである。まだまだ、薬の名前も満足に知らない新米の医者にである。
 毎日が極度に緊張の連続であった。一粒の鎮静剤を投与するにも2時間も薬の本と首っ引きで考え込んだり、一日中心電図のモニターをにらみながら病状の変化に一喜一憂、はらはらどきどきする毎日で、一日の睡眠時間が2〜3時間という日が続いた。そんな私を婦長さんはじっと見ていてくれた。 
 ある日、肘静脈にカテーテルを入れようとしたとき、操作を誤ってカテーテルの先端を切って血管の中に残してしまった。とんでもない失敗である。先輩の先生が来てくれるまでの間、顔から背中からどんどん汗が吹き出してきた。しかし、婦長さんは私に対して一言も何もいわなかった。きっと言いたいことがたくさんあったに違いない。しかし何も言わなかった。全てのことはあなたに委せているのだという無言の言葉が私の背中につき刺さった。非番で休日にも関わらず駆けつけてくれた先輩の先生と共に処置し、事なきを得たのはそれから数時間後のことであった。夫の身を呈して私に信頼ということを教え、一人前の医師になれと言葉を使わずに私に伝えてくれた婦長さんの姿を忘れることはできない。
 学生や若い医師を教える立場にある今、教えるということはただ単に物事を言葉で伝えるだけでなく相手を信頼してまかせるのが大切だということは、わかっていても如何に大変で苦しいことであるかを思い知らされている毎日である。
名称未設定.jpeg自治医大教員時代に書きました。
posted by M.OKUNO at 14:25| Comment(0) | 医者屋