2018年09月30日

おひさしぶり!

紀南に行ってきました。
いわし雲いっぱいで、秋になっていました。
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阿田和の空には変わった鳥?が同じところをクルクル回っていました。
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こんな風景は山奥らしく見えますが、海のすぐそば市木川の河口です。
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その近くにサギが一羽。
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ふと思い出したのですが、その昔生沢徹というレーサーがいて、そのレーシングチームのステッカーがこんな鳥の姿を模したものでした。最もそれは丹頂鶴をデザインしたものでしたが。
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2018年09月27日

医者屋の四方山話:死ぬまで元気

死ぬまで元気
 神島のじっちゃんは頑固である。
 じっちゃんが胃がおかしいといってやってきた。じっちゃんは頭が痛いといっては痛み止めの薬を一日幾袋も飲む。この薬が、胃の調子をおかしくしているのは明らかである。「飲んだらあかんで。」と言うと、ニコニコして「わかっとるよ。」と言う。一時納得したようでも、しばらくすると、同じ理由でまたくる。結局、薬は飲み続けているのだ。毎回毎回、同じ様に繰り返されるやりとりに、始めヘ腹も立ったが、しばらくするうちに、じっちゃんとの会話を楽しむようになった。そして、知らないうちに、じっちゃんのペースに巻き込まれてしまっている自分に気付いた。
 神島のばっちゃんは義理がたい。
 深夜、人の気配がして目がさめた。起き上がろうとすると、目の前に、ハアハアと息を切らしたばっちゃんがいた。曲がった腰を少し伸ばして、のぞき込むようにして言った。「先生、じっちゃんの調子がおかしい。見てくれ。」ばっちゃんは、どんなに急ぐ時でも、電話はしてこない。往診を頼む時には医者の家まで迎えに行くのが礼儀だと思っている。したがって、深夜でも迎えに来る。とっても義理がたい。
 神島のばっちゃんもじっちゃんもよく働く。
 漁師に定年はない。体の続く限り漁に出る。網で魚を捕るような力仕事ができなくなったら、釣り糸をたれる。陸(おか)に上がれば、網を修理する網仕事が待っている。ばっちゃんも負けてはいない。七十歳を過ぎても、現役海女として海に潜る。アワビが取れると子供のように喜ぶ。道端で会うと、少ししかとれなかった中から大きめのアワビを、ほいっと手渡してくれる。少し気もとがめるが、その気持ちが嬉しくて、喜んでもらってしまうB
 肝硬変で昏睡に陥ったじっちゃんの所に往診に行った。じっちゃんは、無意識のままで、天井に向かって手を伸ばしたり引っ込めたり、そうかと思うと、指先を細かく動かしている。「これは、肝臓の機能が落ちて・・・」と説明しようとしたら、長年連れ添ったばっちゃんが、私を諭すようにして言った。「これはな、網を手繰ったり、網仕事をしたりしとるんや。」
 神島のばっちゃんもじっちゃんも魚が大好きである。
 じっちゃんが、尋麻疹が出たといってやってきた。「鯖は、腐る寸前が旨いんや。」と言う。腐る寸前といっても捕れてから数時ヤ後のことであるが、確かに旨い。じっちゃんはいつも、鯖を食べると尋麻疹が出る。出るにも関わらず、鯖を食べる。何回でも食べる。痒いより、旨い方がよいのである。
 ばっちゃんが、唇がしびれるといってやってきた。どうしたのかと聞くと、ふぐを食べたという。症状がたいしたことがないので、ばっちゃんも私も笑って話していた。しばらくすると、今度は手がしびれきてたという。ふたりの笑顔がすっと消えて、引きつった顔を見合わせた。しかし、症状の進展はそこまで。ばっちゃんは言った。「今度は、口まできたなあ。」 
 神島のばっちゃんもじっちゃんも、体は小さいが気持ちはとっても大きい。そして、底抜けに明るい。おまけに、死ぬ時も私の手を煩わせることなくぽっくりいってくれる。死ぬまで元気だ。
 神島のじっちゃんやばっちゃんの様に生きたい、そして終りたいという思いが、私の頭を離れない。
posted by M.OKUNO at 09:45| Comment(0) | 医者屋

2018年09月24日

朝、つきよみさんへ

早朝散歩もボチボチ再開です。
まずは近所のつきよみさん(月讀宮)
なんといっても早朝は光と影がおもしろいのです。
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なんか掛け軸をみているみたいですなあ。
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おっと、つきよみさんの外周には普通の赤い彼岸花でした。
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posted by M.OKUNO at 11:06| Comment(0) | 医者屋

2018年09月22日

彼岸ですね

酷暑・台風・大雨・羞明・ふくらはぎの肉離れ等々で、しばらく外に出て写真を撮る気になりませんでしたが、やっとやっとです。
彼岸を前に墓掃除&墓参りに行ってきました。
墓地に行く道に白い彼岸花。知っている限りでは見られるのはここだけ。
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お隣の墓にはキレイな?カビが。
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名称未設定.jpegやっと秋かな?
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2018年09月19日

医者屋の四方山話:腕時計

腕時計
 私は腕時計をしない。「なぜ?」と問われれば、へ理屈はいくつかある。
 まず、町のいたるところにも、どんな家の中にも時計があり、わざわざ時計をしていなくても、どこでも時間はわかるから腕時計をしない。腕時計は重くて煩わしいし、汗をかけば時計と腕の間に汗が溜り気持ちが悪いから腕時計をしない。時間が知りたければ、ちょいと他人の腕時計をのぞきみするのもよい。色々な時計が見られて面白い。
 時間に追われる毎日、たとえば電車に乗ろうとする時腕時計をしていればあと何分しかないといちいち気になる。時間が足りなければ乗り遅れるのだし、そうでなければ乗れるのはあたりまえで、腕時計をしているからといってその状況は変わらない。時間を見る機会がたくさんある分、気があくせくして損である。だから腕時計をしない。
 腕時計をしていなくなって、時間が体でわかるようになった。これは新しい発見である。最後に時計を見た時間をもとにして現在の時間が判る。プラスマイナス10分くらいしか違わない。体のどこか一部が無意識の中で時間を覚えてくれているためである。せっかく体が時間を覚えてくれているから、わざわざ腕時計をする必要はない。
 私が腕時計をしなくなったのは、島にいた頃からである。島での時間の基準は日の出、日の入りと、潮の満ち引きと、1日4回本土からやって来る巡航船である。島の生活は漁業で成り立っており、当然潮の干満によって仕事をする時間が決まる。だから島の人達の動きを見ていればおおよその時間がわかる。遠く本土の山々に夕日は落ちていくから日没時間がわかる。巡航船は定時にやって来て定時に出て行くから、これまた正確な時間がわかる。この三つを組み合わせれば十分であるからあえて腕時計はしなかった。
 さらに付け加えれば、島では正確な時間を知る必要がなかったので腕時計をしなかった。島の診療所の診察時間は一応午前9時から午後5時までであったが、患者さんはそんな診察時間におかまいなしにやってくる。患者さんの存在を全て忘れることはできず、常にある程度緊張の糸を張っている必要があり、時間で生活を区切ることができないので時計はいらなかった。島で会合がある時、開始時間は決まっているが、大体30分遅れで始まる。正確に時間どうりにいっても誰もいない。早すぎても駄目、xすぎても駄目。絶妙のタイミングは時計ではなく体で覚えたほうがよい。しかし、ただ一つ正確な時間が必要であったのは、1日4便ある巡航船の出発時間で、特に最終の午後3時半に出る船に乗れなければ翌日まで本土に渡ることはできなかった。これだけである。
 そしてなにより、時間を気にしなくて暮らせる生活が大好きだった。日の出日の入りと潮の干満で一日が、四季の移り変わりで一年が過ぎていくのを知る。こんな素晴らしいことはない。人工的に作った時間がとても色あせて見える。 島から栃木にやってきて、間近に海がないのでやや感もにぶりつつあるが、体の時計は健在である。腕時計をしないへ理屈を、もう一つだけ少し気取って言えば,時に縛られた現在の生活へのせめてもの抵抗であるということになる。
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posted by M.OKUNO at 14:13| Comment(0) | 医者屋