2019年06月30日

うれしいなあ

私お気に入り熊野市駅に隣接する熊野市図書館の入口にて。
あれっ?
10年ほど前ミニ・タウンミーティングと称して、人口数十人程度の小さい地区に出向いて、そこに暮らすみなさんとお話しをするという小さな企みを続けていた時、湯谷という地区で出会ったのが彼でした。
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廃業するという鍛冶屋さんからふいごなどの道具を譲り受け、作業する場はすべて自分一人で作り上げ(これは刀を研ぐところ)、なにしろこつこつと仕事を続ける真摯な若者で、学生や研修医達をつれて何度も会いに行きました。
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湯谷は人口十数人のとても小さな集落ですが、大きな楠木のあるこの神社も、いつもお話しをするお寺も、住民のみなさんの手でとてもきれいに保たれています。
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こんな箱庭のようなステキな所です。
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この企画展も湯谷その場所も、お時間ありましたらぜひとも訪れてみて下さい。
とても清々しい若者に会うことができますぞ!
企画展「日本刀と入鹿鍛冶」
・7月2日(火)~7月7日(日)9:00~19:00
・熊野市文化交流センター(図書館と併設)
名称未設定.jpeg少しずつ認められるようになってきたのかなあ、うれしいなあ。
posted by M.OKUNO at 17:30| Comment(0) | 医者屋

2019年06月28日

松山・呉の旅(6)ここが気になる・呉編

大和ミュージアム前のポセイドン像。どうも最近銅像を見ると撮ってしまいますが、これは破綻はありません。
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暗くなって気付いた、炎を吹き上げる煙突。
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虫歯でパイプをくわえることができなくなった船長?
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空に向かって飛び立とうとする宇宙潜水艦あきしお。
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真正面から見た船。横幅60m。
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呉駅の近くの駅の近くにあるミロのビーナス。IMG_7835 (1).jpg
名称未設定.jpegいや~、予期していない発見があるから旅は楽しい。
posted by M.OKUNO at 19:16| Comment(0) | 医者屋

2019年06月26日

医者屋の四方山話:癒されている

 ヨネばっちゃん(ばっちゃん:神島の方言でおばあさんの意)は天気がよいといつも手押し車と一緒に散歩をし、つぶらな瞳につやつやお肌の顔はいつもニコニコ、ぱったり出会うと目尻を更にしわくちゃにして一瞬間をおいてぱっと手を挙げ「先生、ありがとうね。」と言います。私としては診療所への月に一回の受診の際に便秘の薬を出すくらいで、特段何をしているわけではないのですがいつもこう言ってくれるので恐縮してしまいます。とはいうものの、ヨネばっちゃんと付き合いはじめて25年を過ぎようとしていますので、その間には何かしらあったのかもしれないのですが、申し訳ないことに私の方がすっかり忘れてしまっているのかもしれません。
 ヨネばっちゃんはとても頭が切れます。会話は軽妙で、油断していると一本取られます。少し調子が悪い時に往診するといつも口癖のように「先生、はよういかしてくれ(早く死なせてくれ)」という困った質問を浴びせてくるので、ちょっとひねって「もうちょっと、待ってくれるか」と返答すると、にこっと笑って絶妙の間をおいて横にいる息子の嫁さんに向かって「それじゃあ、今日の夕飯は何じゃ?」となって、一同大笑いという具合です。ヨネばっちゃんのおうちの人は、息子さん達もそのお嫁さん達も、そしてお孫さん達もとても明るくて笑いが絶えません。きっとヨネばっちゃんのせいに違いないと私は確信しています。
 ヨネばっちゃんの散歩の行く先は、大の仲良しで島最高齢99歳のばっちゃんの所。お互い耳は遠くて会話が成立するはずはないと思うのですが、毎日ほぼ決まった時間に訪れては何かしらやりとりをしているのです。以心伝心と言うほかないのですがとてもほほえましい光景で見ていてうれしくなってしまいます。
 こんな時間がずっと続いたのですが、今年の夏の暑さが島最高齢のばっちゃんを直撃してしまいました。食欲はなくなり、日々衰弱が進み、ついに寝たきりになってしまいました。それでもヨネばっちゃんは相変わらず通い詰め、枕元に座って会話にならない会話をしていましたが、いつもの明るさは鳴りを潜めていました。そして数週間後最高齢のばっちゃんは亡くなりました。お葬式の日、ヨネばっちゃんは朝から晩までお棺のそばにいて大きな声でみんなと話をし、息子さんに言わせればとっても「はしゃいでいた」様子だったそうです。
 そして、その一週間後、今度はヨネばっちゃんが床に伏してしまいました。病院に行けば好転する可能性のある病気でしたが、高齢であるが故にその治療に耐えうるかどうか疑問であったこと、そしてなにより本人も家族も入院はせずに島で診てほしいという希望があったことから自宅でできるだけのことをするということにしました。往診は毎日するもののこれといった治療方法はなく心苦しい日々は続きましたが、ヨネばっちゃんは病気のせいで苦しいはずの時も、往診した私や心配して訪れた人達を和ませてくれるのは相変わらずでした。しかしそんなときは長くは続かず、ついにその日はやってきてしまいました。
 閉じてしまったつぶらな瞳を見て冷たくなってしまった手を握って臨終を告げた後、私の口からぽろっと出たのは「これから、寂しくなるね。」という言葉でした。私としては集まった家族や親戚の皆さんに対して言ったつもりだったのですが、診療所に戻って死亡診断書を書きながら思い返してみると、それはむしろ自分に対して発した言葉であり、寂しいどころか何か大きなものを失ってしまったことに気がついたのでした。落ち込んでふらふら散歩していた時、いつものように「先生、ありがとうね。」と言ってくれた笑顔に私自身がどれだけ助けられたことかわかりません。機嫌が悪くついついぶっきらぼうなになってしった診察の時でも、軽妙なやりとりで気持ちを明るくしてもらい、「こんなことをしていてはいけない。」と私の気持ちを奮い立たせてもらいました。もっともっと生きてもらいたかったと思わずにはいられませんでした。
 これまで私は、患者さんを励まし支えていくのが医者の仕事だなんて偉そうなことを思っていたのですが、それは思い上がりもいいとこで、そんな一方的なことは決してなく、医者である私を励まし支えてくれていたのは実はヨネばっちゃんであり、患者さん達であったことにやっと気がついたのです。
 病気のことを患者さんに教えてもらっている、患者さんに医者として育ててもらっているということは日々の診療を通じて感じてはいましたが、人間として患者さんに癒してもらっているのだとしっかり認識したのは今回が始めてでした。
 お葬式の後、ヨネばっちゃんが私のことを詠んだ句があるということで息子さんが教えてくれました。
「海の中に浮かぶ神島、奥野先生のありがたさ。」
 いえいえとんでもない。ヨネばっちゃん、お礼を言わないといけないのは私の方です。
「ありがとうございました。ヨネばっちゃん。」(2004年記)
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posted by M.OKUNO at 16:27| Comment(0) | 医者屋

2019年06月24日

松山・呉の旅(5)ここが気になる・松山編

マドンナの右手が坊ちゃんの左手に比して大きいかな?
坊ちゃんの腰にあてた右手が何となく?
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天守閣の裏側の一糸乱れず並んでいるパイプ。どこまでも真面目。
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往々にしてキャラクターの背部というのはサッパリしている。
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松山市駅の改札鋏での改札は今となっては珍しい。小さな穴が懐かしい。
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posted by M.OKUNO at 19:28| Comment(0) | 医者屋

2019年06月22日

松山・呉の旅(4)大和

会いたかった大和に会ってきました、呉の大和ミュージアム。
全長26.3m、模型というより立派な船です。IMG_7653.jpg
相変わらず気になる点は一般の人とは異なるようです。
ブリッジは前からよりも後ろ側からの姿が好きです。
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たかが煙突ですが、こういったディテールの再現がたまりません。
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どうだこのシャープなライン、美しい。
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小学生のころ、戦艦の艦首は日本刀のようなかたちで、波を切り裂いていくのだと思っていた私は、図書館で借りた本にこのようにバルバス・バウ(球形艦首)であることを知って驚いたのを思い出しました。IMG_7804.jpg
「艦船めぐり」で見た最新型のコンテナ船の船首、これこのとおりバルバス・バウです。
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大和の艦上には乗組員達が、
チラ              ホラ
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チラ              ?
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とても大きい模型ですが、大雑把でもなく、かといって細かく作りすぎてもいず、縮尺に応じた作り込みが成された実にステキな模型でした。
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posted by M.OKUNO at 18:54| Comment(0) | 医者屋