2018年06月14日

そして石灯籠 (11)忖度?

着々と石灯籠の撤去は進んでいます。
7月20日までに撤去は終わるそうです。
何故か焦って、毎日のように、何かを見つけておこうと出掛けています。
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撤去後はご覧のように、まだら模様ではありますがレンガが綺麗に並べられています。
ほったらかしではありません、ご安心ください。
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事故のあった徴古館あたりはいち早く撤去が行われました。
と思って歩いていたら、
ん?
一本残っている!
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ちなみにこれが前回でご覧いただいた写真で、このあたりの撤去が行われる前。
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そしてこれが撤去がすんだ後の写真。お隣がなくなっているのがわかりますかな?
そして、残っていたのは千宗室・嘉代子ご夫妻の石灯籠でした。
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名称未設定.jpegなぜ?
posted by M.OKUNO at 09:36| Comment(0) | 医者屋

2018年06月13日

そして石灯籠 (10)個人のみなさま

さてさて石灯籠を個人名で寄贈しているのはとても少ないのです。
大阪の壽屋の鳥井信治カさん、ご存じサントリーの創業者ですね。
ただこれも会社社長として記されているので、個人からの寄贈とは受け取りにくいですね。
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では神宮文庫の入り口(黒門)の前にあるこれ、五島慶太さん。ご存じ、東急の創業者ですね。
東急については、この裏側にも記されていません。
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歌手、俳優、芸人などいわゆる有名人はほぼ見当たりません。
唯一あったのが、千宗室・嘉代子ご夫妻寄贈の石灯籠。徴古館を見上げる場所にあります。
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その他としては、超高級住宅地の住所「芦屋市六麓荘」を誇らしげに裏面に記している方。
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それがし、なにがし、の某さんなのか、それとも、もしかして、本当に「某」という方なのか???
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名称未設定.jpeg
posted by M.OKUNO at 09:11| Comment(0) | 医者屋

2018年06月12日

黄色い長靴

平成3年(1991年)に勤務した新潟県ゆきぐに大和病院でのお話しです。
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黄色い長靴
 昨年の1月、私は新潟の豪雪地帯にある小さな病院に勤務することになった。医師不足のための応援で、3ヶ月間だけの短い勤務であった。しかし、私にとっては、初めての雪国での生活であり、初めての単身赴任であった。
 赴任初日は雪で始まった。昼間の雨は、私が到着した夜半には雪に変わり、いろいろな色があったはずの町を一面の雪景色にしてしまっていた。それからの毎日は8年ぶりの病院の医師としての生活で、真っ白な頭にたくさんの事を詰め込まねばならず、とても苦しい毎日だった。 
 しかし、病院とはいうものの、私の好きな小さな診療所ととても雰囲気が似ていて、和気あいあいとして暖かく、優しい職員の人達に囲まれて、苦しい毎日が楽しい毎日に変わるのにそう時間はかからなかった。
 そんなある日、玄関の雪かきを終え、翌日の朝食のための買物をすませた後、近くの食堂に飛び込んで、カウンターでヒレカツ定食を食べていると、地元の若い人達が入ってきた。全員が黄色い長靴を履いていた。
 その時私が履いていたのは、10年前に、紀州のこれまた小さな病院に勤務していた時、病院の前に広がる延長20kmにもおよぶ長い砂浜で行われた投げ釣り大会で、小さなきすを一匹釣って、ブービー賞としてもらった磯釣り用の茶色の長靴であった。これに比べると、若者達の履いていた長靴は、とても大きく、あたたかそうで、真っ白な雪に映える黄色で、そしてとてもカッコよかった。
 その日から、私の長靴捜しが始まった。これはきっと、ウインタースポーツ関係の店にあるのだと考え、何軒か捜し回ったがどこにもなかった。なかば諦めていたところ、隣町に食料品を買いに行った時、小さな靴屋さんが目についた。ふらっと入ってみると、あるある、たくさんある。そこで選んだのが、一番上の段に飾ってあった、黄色い長靴だった。買ってすぐその場で履くわけにもいかず、はやる気持ちを抑えて、家に帰ってゆっくり袋から取り出した。まるで、中学生の頃、母親に無理を言って皮の運動靴を買ってもらった時以来の興奮であった。次の朝、便所の窓を開けて外を見ると、雪が降っていて、窓のすぐ下まで雪は積もっていた。病院への道、すれちがう小学生や中学生の目を盗みながら、道を外れて、積もる雪をわざわざ踏みつけ、うずたかく積もる雪をけっとばしながら病院への道を急いだ。病室に行くと、患者さんたちに「先生とても嬉しそうに歩いていたね」と冷やかされた。この日から私は、にわか「雪国の人」になった。
 酔っぱらって雪の壁に突進して体中雪だらけになった時も、栃木に帰って来る宇都宮線の電車の中で、場違いな長靴を履いていて少し恥しかった時も、古い萱ぶきの家の奥の奥の部屋で、じっと春になるのを待っている寝たきりのおじいちゃんの所に往診に行った時も、急変した患者さんの家に駆けつけた時、玄関でなかなか長靴が脱げなくてあわてた時も、いつも黄色い長靴と一緒だった。
 今年初めての雪が降った。長靴を履くほどの雪ではないけれど、私は喜々として黄色い長靴を引っ張り出した。そっと足を入れると、暖かさと共に、たくさんの雪国での思い出が足から伝わってきた。

名称未設定.jpeg1992年記 
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